会社を辞めたくなったら読むブログ

3000人以上の起業家を育てた西村泰一が独立起業を目指すサラリーマンを応援するブログ

2015年01月

独立起業して今日で10年

起業までの道のりを連載している途中ですが、
実は今日1月31日は、会社を退職して10年の記念日です。

そちらの連載で、ちょうど今日が退職の日になればいいなー
と思っていたのですが、まだ入社したところなので、
今日は日記として記事を書きます。


2005年1月31日に21年間勤めたP社を退職をして独立起業しました。

あれから今日で10年です。

すでに4年間ネットで稼いでいたので、
稼げる自信はあったけど、
やっぱり不安もあったのは確かでした。

しかし、念願の起業をして、
「これからヤルぞ!」
と燃えていたし、
希望に胸が膨らんでワクワクしていたのは
ハッキリ覚えています。


あれから10年。
本当にいい人に巡りあえて、
たくさんの人に応援してもらい、助けてもらい、
そのお陰でここまで来ることができました。

私は本当にツイてるなー、と思います。
 
そんなみなさんに、ただただ感謝しかありません。

これからも多くの方にお世話になると思いますが、
少しでもお役に立てるように頑張っていきたいと思います。


まさかの大企業入社

近いうちに電気工事の下請けとして独立しようと頑張っていたのですが、
突然転職の話が舞い込んできました。

当時はまだDVDどころかテープのビデオもまだ普及してない時代でしたが、
やっとビデオデッキが10万円台に下がってきて
一般家庭にも売れ始めた時で、
日本の全家電メーカーが、ビデオ事業を急拡大している時でした。

大阪に本社のある日本最大手のP社ももちろん
ビデオの工場建設、作業員の大募集していました。


私としては独立起業を考えていたので、
このような大企業に入社することは
不利になるということはその時でも十分分かっていました。

大企業では、
仕事は細分化されて、ほんの一部のことしか分からないのと、
経営者との距離が遠くなるなど、
起業を目指す人にはデメリットが多いです。

当時の私もそれを考えて、
P社への転職には気が進みませんでした。

しかし回りからの強い勧めもあり、
「一度大企業で働いてみるのもいいかな」
という軽い感じで、
腰掛け程度に考えて応募したのですが、
無事入社することになりました。

この時私は22歳で、
今でもよく「22歳でP社に入社」と言うと、
大学を卒業してP社に入ったエリートのように思われますが、
実際は大違いでした。(笑)

と、それまで予想もしていなかった方向に進むことになり、
P社の社員として勤務をすることになりました。

入社してからは、
毎日何千台ものビデオデッキが目の前を流れていき、
トイレにも自由に行けずに、組立作業に追われる毎日が続きました。

同じ作業を1日何千回もするという、
まったく頭を使わない仕事を来る日も来る日も続けるわけで、
まあ予想していたとはいえ、あまりの単調さにいきなり仕事が嫌になりました。

しかし、せっかくなので、
ここで学べることは全部学んでやろうという
貪欲さはあったのは覚えています。


フリーターをしたり、
廃品回収で軽トラで走ってた人間が、
日本を代表する大企業の社員になるのですから、
人生分からないものですね。

独立を考えた初めての就職

廃品回収業では完全に失敗して撤退し、
またフリーターをしていましたが、
まだまだ起業の志は強く、
まったく諦めていませんでした。

しかし当時は、インターネットはもちろんパソコンも無い時代で、
今のように手軽に資金なしで起業できる分けではありません。

何か他の事業が無いかと探していたのですが、
廃品回収業の失敗から、
起業して安定して稼ぐことの難しさも感じていたので、
すぐ起業するのは無理かとも思うようになりました。

そこで、
将来独立するために有利な仕事を探して、
一度就職しようと考えるようになり、
職種として電気工事を選びました。

21歳で初めての正社員として就職でした。


電気工事に限らず工事業者って、
10人、20人で一つの工事をしていても、
実際にはその業者の社員だけでなく、
下請け、孫請けの人達も一緒に働いていますね。

そんな風に、独立して親会社から仕事をもらえれば、
比較的安定して稼げるし、
独立資金もそんなにかからないので、
これがいいんじゃないかと思ったわけです。

ある程度経験を積んで一人前になれば、
工具一式と車があれば下請けとして独立できるようなので、
これでいこうと決めました。


ということで、
初めて正社員になって、
電気工事の仕事を毎日頑張り、
いずれ独立できるよう腕を磨いていました。

そして1年ほどたった時、
また大きな分岐点が訪れます。 

廃品回収業を始める

フリーターとして喫茶店でアルバイトをしていましたが、
3年ほどして退職しました。

実はここで1回目の起業をしています。

20歳か21歳の時でした。

起業と言っても完全に独立した形ではありませんでしたが、
軽トラをリースで借りて、
廃品回収業を始めました。

今はもう少なくなりましたが、
古新聞やダンボールを集める古紙回収です。

軽トラで1日中トロトロ走って、
古新聞を集めて回ってましたが、
結構奥が深くて、
どれくらいのスピードで走るかで、
集められる量がかなり違いました。

食事はいつもパンを買って軽トラの中で食べてたので、
ほとんど軽トラの中で生活してる感じでした。(笑)


これが私にとって初めての起業ですが
思うように稼げず、
喫茶店でアルバイトしていた時より収入も減って
生活もできなくなり、
またアルバイトをしたりして、
何とか生活をするような状態が1年ほど続きました。

独立起業ってそんなに甘くないよ
ということを思い知らされた時でした。


倒壊寸前のボロアパートに住んで、
1日中軽トラに乗って廃品回収をして、
食事をするお金も無いって、
ある意味どん底の人生って感じですが、
本人は意外と明るく意気揚々と生きていました。(笑)

「こんな生活は嫌だ!」
なんて思ったことはありませんでした。


こんなことも今考えてみると、
とてもいい経験だったと思います。

学校を卒業して普通に就職した人には
絶対に経験することができない、
エキサイティングな人生を歩めたと思います。

人生に無駄なことは何一つありませんね。

夢の一人暮らし

高校卒業後はフリーターをしていたわけですが、
それと同時に一人暮らしを始めました。

以前にも書きましたが、
高校時代から、早く親から独立したいという意識が強く、
早く一人暮らしをしたくてたまらない、
という感じでした。

アルバイトをして収入も入ってきたので、
早速一人暮らしを始めたわけです。

と言ってもかなりの安月給だったので、
忘れもしない、
家賃1万2000円
という6畳一間のボロアパートでした。

ちなみに1万2000円というのは、
当時でもかなり安い家賃でした。

駅からはもちろん、バス停からも遠く、
今にも壊れそうなボロボロの木造2階建てのアパートで、
風呂は無く、ポットン便所で、
それはもうひどいアパートでした。

親の家は、そのころ開発された新しい住宅街に建ったばかりの
結構広くて綺麗な家だったので、
その落差は大きかったですが、

 自分の力で住んでいる

という満足感が大きかったのを覚えています。

広くて綺麗な親の家に住ませてもらってるより、
自分の力でボロアパートに住んでいる方が、
はるかにいいと思っていました。

それからそのアパートには3年間住みましたが、
とうとう倒壊の恐れがあるので取り壊されることになり、
立ち退きになりました。


このアパートが私のスタート地点だったと
今でも思い出しますね。

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